2014年10月7日火曜日

事始別館1-1 「やる気」のありすぎ(1) 「よーし、最高の治療を」と休日夕方120点を目指した・・・

 

試験で目指すのはいつも100点とは限りません。場合によっては60点(ぎりぎり)でも、次につなぐことができます


緊急時に満点を目指してしまった

  ある「非当番日」の日曜夕方(循環器や消化器の2次当番日でも、外傷当番日でもない)。当直医は心臓外科中堅(インターベンションも得意)。

・当院関係者の叔父(通院患者)が「腹痛で苦しい」と受診。外来で話をきいている間にショックとなったので、おかしいと思った当直医は心電図を取った。すると、徐脈でⅡ,Ⅲ、AVFの誘導でSTが上昇している、「下壁の心筋梗塞だ」。当直医はスタッフを召集し、超音波をとり、ペースメーカーを挿入し、冠動脈造影をおこなった。ペースメーカーを挿入され、脈拍が確保された患者さんはそれだけでかなり楽になった。造影上は右冠動脈が2箇所閉塞(これが原因)、左もあちこちにそれなりの狭窄を認めた。右冠動脈の2箇所にステントを挿入、留置して一件落着、患者さんの症状もほとんど取れた。順調に治療が進んだ。「よし、よし」と思った。

 
と、気になったのは左冠動脈の狭窄だ。「そこそこ歳だし、先輩の医師のおじさんだ、万一心不全になったりしたら気の毒だ。念には念をいれてIABP(心補助装置)を装着してやれば万全だ。心不全の予防にもなり、早く退院もできるだろう。少し大げさかもしれないがやって悪いことはないはずだ」と思った。

 
ところが、普段何気なく行っているカテーテルシースの交換からトラブルが発生した。カテーテルからIABPチューブへの入れ替えがうまくいかないのだ。IABPのバルーンのタイプがより細い新型に変更されていたのだ。

 いつもしている簡単なことがうまくいかないときには次々と何かが起こる。IABP用のシース(動脈にカテーテルなどを挿入するための外筒)は入ったが、IABPバルーンを入れるためのガイドワイアーが進まない。シースが入っていかないので細いタイプのガイドワイアーにかえて挿入を試みた。挿入している大腿部が急に腫れてきた。

  ガイドワイアーが柔らかすぎて、シースを押し込んだ時に根元側が血管外へ出てしまっていたのだ。その結果シース挿入部から出血し大腿部から右下腹部にかけてかなり大量の皮下出血を起こしてしまった。いつもあまりにも当たり前(スキルベース)なので、透視装置でガイドワイアー先端の位置と異常な屈曲を見逃していたのだ。注視していたのは、穿刺部よりも目標に近い中枢側だった。気持ち先走っていたのだ。 
 腫れたあとに穿刺部付近での屈曲を透視で確認することになった。

 
後知恵でいえばこのままガッチリと圧迫すれば、この時点でもそのまま止まっただろう、というのが(翌朝になって話を聞いた)僕や院長(心臓外科)の意見だ。しかし、その時の本人は、フェイズⅣになっている。そんな「のんきなこと」は思いもよらなかった。たまたま出勤していた麻酔科医に頼んで全身麻酔をかけ、外腸骨動脈(出血部より中枢)を露出し、テーピング下で出血していると思われる大腿動脈穿刺部をあけ修復することになってしまった。

 急性心筋梗塞当日のトラブルだ。心不全を予防するどころか、結果的に大きな心負荷をかけてしまうことになった。

 
最初は「100点の出来」だ

 最初の経過は当直医として100点でした。当番日でもない、休日の午後、当直医だって自分ひとり(院内にはデューテイでない医師は大抵いますが・・・)、コメデイカルだって待機しているわけではなかった。そんな中で・・・と考えると100点以上かもしれません。

 
 患者が「おじさん」だったから・・・

最大限できること、をしてあげたくなる。ましてや、最初の経過までは100点の出来であることは自分自身が最も知っています。自分の力(体力や医師ひとりでしているというメンタル的)にもまだ余裕があると思ってしまいました。できれば「120点」をとって甥の医師にも感謝されたい、と思ってしまったのです。IABPは確かに緊急時や心臓手術の術前・術後に比較的日常的に使用されますが、100%非侵襲的ではないので、「適応」はあります。「絶対違う」ともいえないのですが、オーバーインデイケーション気味であったことは本人も、「“おじさん”だったから意識してしまった」と反省していました。

同じことをして「トラブルがなかったとき」には、こういうことは何気なく申し送りされ、「ちょっとやりすぎだな」とは思っても、批判されることはめったにありません。

 
 少し違いますが、「時間のあまったとき」などに、「これをしてやったら、より楽になるだろう」と必要以上のことをしがちです。大抵は、予定されたままで経過観察していたほうが良い結果で、場合によっては余計な合併症を作ってしまいがちです。善意でしていることですが、大抵は検討された「治療計画」(仮に一人で決定したとしても)のほうが正しいのです。計画の変更には、単なる善意や思い入れでなく根拠が必要です。

 
(外的条件が十分でない)緊急時に「100点を目指す」と・・・

 エアラインのパイロットは着陸時に「乗客に接地が気づかれないような」ものを目指せと教えられているのでしょうか。知り合いの元機長さんは「100点を目指すな、80点を確実に」と話してくれました。これは特に荒天時のことでなく通常のことです。

  我々の場合も同じような気がします。特に緊急時や平日の勤務時間外には、通常のやり方(SOP)で、そこを確実に、安全に乗り切る「仕事」だけを考えたほういいのです。つまり「60点を確実に」です。

 


 

0 件のコメント:

コメントを投稿