2014年10月19日日曜日

事始別館 2-2 注意が「一点集中」になってしまう



私たち人間の「注意力」は「目立つものに引かれる」という特徴があります。そして、「一つのことに集中すれば周囲が見えなくなる」ということも・・・(本館の「HF講座」)



「注意」を引くべく目立たせようとするのでしたら、それはそれでいいのです。大事なところの色を変えたり、警報を真っ赤なランプにしたり・・・心理学的にも有効なのでしょう。


ところが、前項(別館 2-1)のように医療機器の進歩で、本来チームで適切に分散・活用されるべき注意力が、過度に「一点集中」させられてしまう状況が多くなっているのではないか、と感じます。そしてそこには人間の注意力の限界や特性、使用される現場の状況といったヒューマンファクターへの配慮がないまま、新しい機器で「出来るから始める」というふうになってはいないのか、という不安です。


「舞台設定」


今回(2-1)は内視鏡(大腸)の検査・処置に伴う事故例を話題にしました。しかし、他にも同じような「舞台設定」はあります。カテーテルインターベンション、内視鏡手術、 腹腔鏡、胸腔鏡による手術、ダビンチ(ロボット)手術(まだ見たことはないですが)、顕微鏡手術・・・・。


上部消化管の検査でも、たまたま自分の関係している患者さんで高齢でしたので覗いてみたら、呼吸が止まりそうになっていた、などということもあります。


「一点集中」を加速する要因


「皆がそれぞれの分担した任務をきちんとはたしていれば、そんなことはないはず」。私が問題化すると皆そう言います。「ちゃんとすれば・・・」と。
ところが人間はそう機械のようにはうごきません、「うまくいって欲しい」「早く終わって欲しい」と願うほどある一点に集中してしまいがちです。これが時に弱点にもなります。 


1.   周囲は暗く、画面だけがギラギラ明るいなど、物理的環境。注意が引き付けられるだけでなく、いざ見ようとしても「暗順応」が遅くなる。


2.   トラブルを起こしている(順調に進んでいない)とき、予定外の事象が発生しているような時。メンバーの意識が皆「術者」(そのことだけに集中)になってしまう。


3.仕事の分担と協調が不適切
 誰が何を見ているか?特に2-3人でする仕事の場合、分担など打ち合わせが不明瞭になりがちです(「二人は危ない」参照)

 人が足りない、という言い方もときどきされますが、「配置」の必要を認めないから配置がされないとも考えられます。患者への評価が実際にはされていないから、準備(人)もされていないのではないかと。
 評価は病巣の評価よりも、全身状態の評価をすべきです。例えば「大腸がん疑いの女性。83歳」というプレゼンよりも「ヨロヨロのバアチャンが、2日前からイレウス」と言った方がわかり易く→警戒することになります。


4.モニター表示の錯覚など
 例えば内視鏡をしていても、大抵は正常に推移し、何も起こりません。心電図や酸素飽和度のモニターを見ていても、見ていなくとも結果は同じ。だから?つい(悪意はなくとも)「見ていない」 ことが多くなります。



10分前の値?:
 モニターは記録は残りますが、リアルタイムでみて、判断していることに価値があります(あとは警報です)。事故の記録の分析が目的ではありません。CVRではないのです。

 そこで大事なのは「表示されているのがリアルタイムの値かどうか?」ということです。

 間歇的に測定されるものは、その「過去の測定値」がある時間そのまま表示されています。その表示が見えるので「まだ○○だ。大したことない値だ」と,せっぱつまっている場合ほど、都合よく解釈して安心してしまうことがあります。その表示が実は3分とか5分前の値だったりするのですが、そのことに気がつくのに案外時間がかかるのです。私もだまされることがしばしばです。

 これに対してリアルタイムで表示されているのはパルスオキシメーター、心電図、動脈カニュレーションがされていたり、トノメトリーであったら動脈圧、呼気終末炭酸ガス濃度などでしょうか。

デジタル表示とアナログ表示 :
 もうひとつは表示されている生体情報(=安全情報)モニターが「数字」というデジタル表示か、「波形(+数字も表示)」というアナログ(だからリアルタイム)表示か、という問題です。一般には間欠的表示である「デジタル」よりも、推移も感じられる「アナログ」表示のほうが、とくにクリティカルな場合に「状況認識」がしやすいと言われています(ハイテク機に乗るベテランパイロット)。 



コンプラセンシー:モニターを装着するのはよいのですが、きちんと装着されていたか?という基本的な問題もまたあります。装着だけして、見ない、有効かどうかを考えない使用法(センサー類装着)も「いざ」と言う時に役に立たずあせることになります。付けてある、という安心感(自己満足)


誤報慣れ
 生体に装着するセンサーは、他の機器の影響を受けたりしたり、装着部位の問題から必ずしも安定して表示できているわけではありません。最も大きな要因は体動で、かなりの頻度で「警報」が鳴ることになります。鳴っては「警報の一時解除」ボタンを押す、という繰り返しになります。毎回、アーチファクトであることを確認しなければなりません。これも「99.99%は、なんともない」のです。その結果「またいつものあれだよ」とか、「ちょっと測定できていないだけだ」と都合よく解釈してしまうことになります。

間接ビジランス(監視業務)の問題
 モニターなどの器械を介して見ている、ということはビジランスにとっては間接的になっている、ということになります。手がかりが「ある値(デジタル)を超えたとき」とかに限定されて表示されることになります。センサーは一つか二つです。「予兆」とかいった、かつて現場に期待された働きができなくなっているのです。例えば「顔色・表情をみる」などというアナログな、しかし総合的な情報は伝わらなくなっています。


本来の「注意力」を取り戻すために


 「注意が一点集中」してしまう状況は、暗い環境にある明るい画面ばかりとは言えません。原因が「感覚器としての眼」の問題でなく、「脳の注意資源の配分」「チームの注意資源(協働)の配分」の問題だからです。明るい環境でもおこります。

☆「錯覚の科学」(文芸春秋)に注意資源の配分の問題として、有名な「invisible Gorilla」のほかに、えひめ丸が目に入らない潜水艦や、航空のヘッドアップデイスプレイ(注)のために滑走路誤進入に気がつかない例、自動車運転時に目に入らないバイク、想定されていない病気(や異物)を見逃すレントゲン読影など、「見えているのに、見えない」例が載っています。

警報の工夫
 音・光の警告の工夫(警報を切ってはいけない)、警報(モニター)の多重化より多様化により警報(情報)の「信頼性」を向上させる。これは「人」による情報でも同じ。悪いほうの情報を基準に考えるのも危機管理の原則。

「STOP&スキャン」

 いったん現在していることを止めて、周囲を見渡し、(場合によってはチェックリストを使用)いくつかの基本的事項を確認すること、をいう。
その時、医療であれば画面・モニターより患者を自分の眼でみる、ことが必要。

共同でなく「協働」:

 仕事の分担と責任、重なりを再確認。一般的にはリソースを集中させるのですが、場合によってはあえて分散させることも必要。




 良好事例:「何か変だ」宣言


良好事例を紹介します。「注意の一点集中」だけではありませんが「一点集中」を予防し、問題を解決していったケースです。


 「HF講座番外その22に掲載されている手術時のトラブル発生時の、危機回避例です。
 術野外で発生したトラブル(当初は原因不明)のために、術中突然低血圧となり、麻酔担当医が、「何か変だ宣言」をし、術者に術式の変更(多部位当該部位・簡略化)を提案し、原因を探索しながら手術をする・・・という経過です。


(以下引用)原因探索チ-ムと現状維持チーム(全体をモニターしたり、とりあえず手術を続ける)を分ける・・・

「何か変だ宣言」は良いのですが、場合によってはみんなが「そのこと」に一点集中してしまうと新たなトラブルにむすびつきます。原因探索をするチ-ムと手術を続けたり(止めてしまうと危ないこともある)、患者全体をモニターしたりするチ-ムの役割分担を再確認すること(「○○さんはモニターを読み上げて!」とか、「術者はゆっくり手術を続けて」など)が必要です。(引用おわり)


 手術中に「何かおきている」ことを比較的早期に発見し、チームに宣言。手術室のチームが危機の認識を共有できたところで、全員が「一点集中」しないように、業務の割り振りをおこなうことが出来た例です。


注 ヘッドアップデイスプレイは航空機だけでなく自動車にも応用されつつありますが、人間は「脳で見ている(認知)」ことを忘れているような気がします。


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今回はチームが「注意の一点集中」に陥ってしまう問題を考えました。この連載にご意見・ご教示をお願いします。





   





2 件のコメント:

  1. 海保先生のサイトに「一点集中」のことが載っていました。ご参考に。
    http://blog.goo.ne.jp/hkaiho/c/568057a964ba8f441511efa49134c6d9

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  2. HFC長谷川主任研究員によると、一点集中が発生しやすい状況は 1)多忙な時、2)先が読めないとき、3)意識が高ぶっているとき、におこりやすい、そうです。それに対する防止策としては 1)われに戻る仕掛けを用意する(他人の声かけ、自分のしていることを声に出す、指差呼称、2)心の余裕が持てるようにする(訓練とstop & scanのようなこと)、ということでした。

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