2015年8月23日日曜日

本日のヒヤリハット 「挿管ができない!」 (2題) 

 気管内挿管というのは、たいていは何気なく,していることなのですが、一旦、トラぶってしまったとき、人がいないときなどは「緊急事態」になってしまいます。

 最近当院で経験したトラブル2件です。

 (1)原則にもどって危機脱出

その麻酔科医は挿管は上手な方でした。

いつも、誰かが困っていると、「こうやってすると易しいよ・・・」などと教えていました。

その日は、ちょっと違いました。

予定手術時間は短く、次の手術(自分が担当)も控えていました。簡単なはずでした。

覚醒を早くしようと思い、麻酔の導入は深めにしましたが筋弛緩剤は使用しませんでした。若い時に先輩から、拮抗薬の副作用を聞いたことがとても強く印象に残っていたので、短い手術時間が予想される場合は筋弛緩をしないことがしばしばありました。


ところが気管内に管を入れようとした時に、ちょっと唇を傷つけ出血させてしまいました。おまけに喉頭展開が不良のため、epiglottis の陰に盲目的に管を入れようとしました(一回目の失敗)。もう一度今度はスタイレットを使用して入れようとしましたが,食道に挿入(二回目の失敗)。三回目はビデオ喉頭鏡を使用しましたが、今度は画面が、口腔内の血や唾液のため曇ってしまい、オリエンテーションがつきません(3回目の失敗)。


 3回目と4回目の間に、バッグを押しながら思い浮かんだのは「just a routine operation」のビデオでした。「やれやれ、人生3回目の、挿管困難⇒緊急気管切開か?」とも考えました。同僚を呼ぼうとも考えたのですが、2人の同僚麻酔科医はそれぞれの手術で手が空いていないはずでした。


 トラぶったときに、「近代的武器」をやたらと使用して、次の判断を遅らせることは、より状況を悪くすることを先輩に教えられたことがありました。また、上記のビデオも見たことがありました。

「シンプルに考え」「出来るだけ原則に従い」「必要なことだけをする」と考えただけで気持ちも落ち着きました。

幸い、ここまではマスクでの換気(酸素化)は十分でした(SPO2 100%)。バッグもそれほど重いとも感じられませんでした。「出来るだけ早く終わる」という目標は中止し、普通に筋弛緩をきかせ、口腔内をサクションで清浄化しました。そして、頭部の位置を確認し、普通の喉頭鏡をかけたところ、案外簡単に声帯(気管口)が確認できました。4回目は簡単でした(そもそも、「見た目」は挿管困難ではありませんでした




(2)緊急再挿管で新型?喉頭鏡を使用

患者さんは心臓外科術後3日目の80歳代のおじいさん。下顎が小さく、挿管困難を予測して、手術の時には麻酔科医は最初からビデオ喉頭鏡を使用していました。術後も人工呼吸は予定通り離脱していたのですが、3日目になってから、呼吸が悪くなり、緊急に再挿管が必要となりました。


居合わせた心臓外科医(担当医)が、再挿管を普通の喉頭鏡を使用して行おうとしましたが、声帯を確認できません。何度か試みましたが全て不成功。呼吸を補助するアンブ―バッグを押しながら「○○先生(麻酔科)いるかなー?」とナースに呼び出しを頼みました。が、土曜日の朝なので、連絡はついたのですが「今から出勤するところ」ということでした。



「○○医師が来るまで手でバッグ押して待っていてもいいけど・・・」と担当医は思いましたが、集中治療室にある「○○医師の挿管困難セット(笑)」にも簡易型?ビデオ喉頭鏡がある、と気が付きました。担当医は「ホンモノ」のビデオ喉頭鏡(2種類ある)は苦手でした。使用したことはありましたが、殆ど失敗。ところが「簡易型」は従来のものと扱いがほぼ同じで、ブレードの先端につけられたプリズムを利用した画像をレンズで拡大して「覗く」、というものでした。これでやってみよう。


いざ、使用してみると案外簡単に声帯を確認でき、再挿管は無事完了。



この2例、同じ挿管困難例ですが、一つ間違えればjust a routine operationのような結果になっていたかもしれません。


少し違ったのは
1)時間帯(日勤帯):医師ばかりでなく、コメデイカルの「手」も利用可能と発生場所(モニターされている手術室と集中治療室)
2)case 1では目標を「迅速な覚醒」から「遅くとも安全な呼吸管理」に変更したこと。
 しかし、他の手段 (ラリンゲアルマスクや「覚醒」など)を考慮していないことはちょっと問題?
3)case 2では、同じことを繰り返すのではなく、柔軟に手段を変えていること
4)2例(医師2人)とも、外科的気管切開(最近では経皮的気管切開)の知識と経験が十分あったこと。いざとなれば出来る、と言う気持ちの余裕があるので、他の手段を考えることもできました。

5)DAMなどという概念がまだないころに、私も緊急気管切開に出くわした経験が2回だけあります。薬物(風邪薬)による急性の喉頭浮腫で、口腔の粘膜全体が腫れあがり、麻酔科医達もすぐにあきらめました。私は自信があったのでなんとかしたい、と言いましたが、先輩の外科医(救急部)は、「ダメ」と一言、さっさと気管切開を決断して、ただちに実行しました。患者さんは数日後切開口を閉じて退院しました。

 現在は、いろいろな手段(器具)があり、アルゴリズムなどもありますが、かえって判断する時間をとり、危険にさらしている可能性がないかと心配です。

アルゴリズムも良いのですが、状況認識とかリーダーシップ、優先順位など、ビデオ(下記参照)のパイロットがいうヒューマンファクターズから考え・実行することも有用と思います。

(追記)緊急の気管内挿管が素早く安全に行われるか否かは、何より患者の状態(呼吸だけか?それ以外も問題があるか?)と何処で起こったか、とそこに協力可能なメンバーがいるかどうか?によります。

 経皮切開セット使用のトラブル例(認知の固着?)などは別稿



【参考】

挿管困難のアルゴリズム

「just a routine operation 」:
just a routine operation 大阪大学病院中央クオリテイマネージメント部大阪大学病院の医療安全のサイトにある動画。妻が麻酔導入時の気道トラブルで低酸素血症になり死亡。路線パイロットである夫は、医療の安全のためにヒューマンファクターの導入を訴える。

新たな疫病「医療過誤(朝日新聞社2007)

少し前の本(いろいろな医療事故を小説風?に述べで解説したもの)ですが、この中に気管内挿管時の判断で患者さんが低酸素脳症になった例があります。これは、病棟で発生した呼吸困難にたいして、慣れないスタッフのいる病室で挿管をするか、ICUにまで運んで慣れたスタッフのもとでするか?という判断を迫られたケースです。結局ICUに運ぶまでに時間がかかり、呼吸停止、蘇生後脳症となったもの。医師は旨く行かなかったことを後悔しますが、2年後訴えられます。著者も私も、どこというミスとかいうより、その時の判断を「後知恵」で「病室でさっさとやれば」といっても、と思うのです。その時の状況で判断した「ICUへの搬送」は「ただしい」のです。







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