2016年9月8日木曜日

事始別館 9-3 達成された安全は人の眼をひかない(3)


 「余人をもって代えがたい人々」

レジリエントな人と組織

J.Reasonの「組織事故とレジリエンス」に「余人をもって代えがたい人々」という一章がある。危機に出会ったヒーローたちの物語だ。タイトルに「達成された安全は人の目を引かない」と書いたが、きっと我々の周りにもいる「隠れたヒーロー」(「余人をもって代えがたい人々」)の働きで毎日が何とか過ごせているといつも思っている。

1)被災地・石巻の医師たち:
 先日、病院で災害がテーマの会議があったので、3.11.における現場の取り組みを記録した石巻日赤病院関係の2冊、石巻市立病院関係の1冊(計3冊)と、支援に入った東北大学の医師のレポート(東北人間工学会)を読んで参加した。同じ大災害を同じ地域に立つ二つの病院、4人の記録である。ここにも「余人をもって代えがたい人びと」がいた。災害拠点病院でもある日赤では、想定できることは、最大限「仮想演習」をしていた。「相互支援の輪」「助けてくれる(だろう技術をもった)人の輪」も作っていた。想定・訓練するなかで自然に出来ていた輪が危機のなかで、活性化した。最大限の想定と準備をしていても、進行する現実とは違ってあたりまえだ。そのことを眼にするや、柔軟に方針を変更し、チームを作り替え、乗り越えていったことが記録されている。一方津波を受け、死傷者を出してしまっただけでなく、孤立無援となった市立病院は、患者を守り、職員を守ることことに全力を傾け、職員も一致協力した。(具体的には、本を読んでください。IG図書棚においてあります。芳賀先生もレジリエンスの例として挙げています)

2)同僚の心臓外科医達:
 彼らもこの仲間に入るのではないかと思っている。「組織事故とレジリエンス」の一節「卓越した心臓外科手術」で挙げられていたのは、技術の問題とチームワークの問題だったが、「危機時」にはさらに小松原教授の言う「(自分の選んだ)仕事に対するマインド」の関与が大きいような気がする。(上記の石巻赤十字病院のI医師にも同じ「マインド」を感じる)。
 彼らは、技術の問題から言っても、(準備され訓練された)一級の技術を、「必要な時に」「必要な人に」「必要なことを確実に、柔軟に」「悲観的になることなく、淡々と」おこなっている。毎日、毎日である。

 リーズン教授が挙げた「余人をもって代えがたい人々」「卓越した外科手術チーム」の特徴は、同僚の心臓外科医達にも通じるのではないかと、ふと気がついたのだ。「灯台、もと暗し」である。

 リーズン教授が「卓越した外科手術」の行動指標として挙げているのは以下だ。実際の心臓外科の手術をヒューマンファクターや心理学の研究者と外科医が観察して検討したものだ。
(カッコ内は貢献度の%?)
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1. 専門技術(26.7):
2. 心の準備(14.4):準備、自信、問題解決法のあらかじめ検討
3. 認知的柔軟性(12.8): 
4. 予測(12.8):潜在的問題にどのくらい気付いているか
5. 安全意識(11.7):邪魔なものを片づけるなど安全な環境をつくる。手術でいえば、術野の整理、その先の問題を予測。
6. コミュニケーションスタイル(8.3):
7. チームへの適応(6.7):メンバーの変化に順応する。相手によってコミュニケーションの仕方を変える:
8. 状況認識(6.7):

そして「チーム要因」としては以下の2つを挙げている。
・病院が常に臨床的な目標を優先していること:手術に関係しないコミュニケーションの機会を減らす(手術室への電話や部外者の数を減らす、など邪魔を防止する)
・ナースやチームによる慣れ・不慣れの影響:手術介助のスムーズさなど。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

やはり、技術・知識のあることが前提
 リーズン教授は貢献度を「仕事の技術3に対してコミュニケーション1」としている。この割合は、ともすればNTSと称して最近、後者ばかりが強調されるが、それは技術や知識があることを前提としていることを数字で表している。そのほかに、根拠ある楽観主義と展望、認知の柔軟性、固執しない(認知的な視野狭窄にならない)引き出しの多さ、などを挙げる。どれをとっても技術・知識が前提となっているのではないか。

院長の「ぼやき」と「陽気」な緊急手術
 同僚の心臓外科医たちは、真夜中でも、年末年始でも、必要とあれば集合し,なにげなく緊急手術をする。当然、麻酔科医もコメデカルも集まり、数時間の手術となる。
 ときどき様子をうかがいに院長があらわれる。そして、ぼやく。

「やれやれ、職員を10人以上真夜中に働かせて、保険診療だけでやっている”病院は大赤字”だ。(保険)請求できないものも多くなるし・・」「しかし、誰かがやらないと死んでしまうからな・・・」

院長である彼にとって、いまどき、経営と正しい医療を両立させることは大変なことなのだ。しかし、部下たちが真っ直ぐに正しい医療を目指していることが、嬉しいし、密かに誇りに思っていることでもある。彼は、集まっているスタッフへの感謝をこういう言葉で表現しているのだ。コメデカルも不満など言うこともなく、夜間の緊急手術が大抵の場合(信じられないほど)「陽気に」行われている。

 大抵の手術は、正しい適応とリスクの評価、標準的手術手技と起こる可能性のある問題と対処法の準備をしているので、順調に“和やかに”行われている。想定外のトラブル発生時には、術者をふくめて3人の外科医が手技上考えられることを討論して解決法を探る。

 先日のことだ。三つの弁の修復手術のあと出血が止まらない、ということがあった。経食道エコーをみて、弁の再修復(2nd  run)もした後だ。エコーをみても出血源の推定が出来ない。心臓を再度(3回目)止めて、やり直すかどうか?と言う話になる。「止めるのはいい。でも、何処を直すのだ」「止めてしまうと、出血源もわかりにくい」「わからないまま、ただあけてみるのか」・・・・・・もちろんこの間も(止血操作など)手は休めることはない。結局、この後、もうひとつ手技上の突発的トラブルが発生。否応なく、再度心臓を止めて修復しなければならなくなった。それを行ったところ出血もなぜか止まり手術は8時間で終わった(6時間予定)。

 このように「運も味方」するようなこともある。この外科医達は3人とも実績のある心臓外科の専門医だ。いつも、各々の経験と手術操作時の「(針を通した時の)感触」まで話してトラブルの原因を探ろうとする。技術上の問題だけでなく、「この患者がそれに耐えられるか」「その後の、治療のスケジュールは」「再手術は」・・・・・と討論する。執刀医は周囲の同僚の意見を積極的に聞こうとし、それをオープンに行うことで、場の全員がその情報を共有する・・・・。時に、彼らは当初の複数の目的から、(時間など限度を決定し)「捨てるものを選ぶ」決断をする。手術が「完璧」でなくとも患者を生かす為のトレードオフだ。当たり前のことだがこの決断が遅れると患者の命に関わる。
 こうして手術が進められていく。8時間の手術であれば介助の看護師は途中で3回位入れ替わるが、トラブルの中でも滞ることなく「流れ」に溶け込んでいる。

 大学や大きな研修病院でなくともこういう中でも人が育てられていると思う(実際に成績もいい)。彼らも、やはり「余人をもって代えがたい人々」なのだ。

適切な人が、適切な時に、適切な場所にいた
 リーズン教授は章の最後でこう言っている。
(驚異的なリカバリーの源泉として)「ひとつだけ最も重要なものがあるとすれば、それは適切な人が、適切なときに、適切な場所にいることである」
(そしてそのヒーローたちは)「まったく突然現れたわけではない。彼らの属する組織によって選ばれ、訓練され、大事に育てられ、支援されたのだ」

 僕はもうひとつ付け加えたい。(ハドソン川の奇跡の)サレンバーガー機長もそうだったが「運は準備していた人に」ということだ。逆ではない。

※同僚である管理人としては日常的にも「チーム要因」をもっと改善できないかなー、と思っている。sterile cockpitの問題だ。⇒番外24 雑音をなくし、手術そのものにもっと集中できる環境になれば・・・・・

(「驚異的なリカバリー」時にどんな行動・態度がとられているかは引き続きしらべてみることにする)

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