読書録「サボタージュマニュアル」(北大路書房) その1 「敵」の生産力を低下させる






一般市民のためのレジスタンスマニュアル

軍事オタクでも、テロリストでもない私が、この本を知ったのは、知人の勤務する大学の出版会がいつも送ってくれる冊子の広告欄です。出版したのは心理学系の学術書を発行している老舗書店でした。「なんでこんな本を?」と思い、調べてみると、第2次世界大戦末期、現在のCIAに繋がる組織(OSS)が「枢軸国(多分ドイツ)やその占領地域」で一般人の「ちょっとした工夫」で、組織をまわらなくし、人々をイライラさせることができる。つまりその社会の生産性、効率を下げることができる。そのことが、ボデイブローのように敵(の生産力)にダメージを与えるように、と作成した行動指針を翻訳したものです。その中には、手技や工夫だけでなく、心がけ、注意点や「自身の安全(疑われないための)」まで具体的に記載してあり、(一般市民の)レジスタンスのためのマニュアルとなっています。

「これって、うちの会社とおんなじじゃない?」

最近、機密解除とともに公開されるや、「あっ、これ、うちの会社とおんなじじゃない」という声が続出。現代の「組織」が直面している課題・問題を鏡に映し出している、と話題になったようです。実際、解説(翻訳)者はこの本の「手法」が現代の心理学からみても「正しく」「有効」と解説しています。だから、あなたの組織が、もしこのマニュアルのようなことをしていたら、ゆっくりと、じわーっと、衰退していくといいます。この解説部分を読むだけでも価値があります。翻訳本に「諜報活動が照らす組織経営の本質」というサブタイトルをつけたのは、それぞれの組織の経営や管理に携わる人々に読んで欲しいということなのでしょう。

 あなたの組織に、確かに「きまり」「手順」としては正しいが、実際にそのとおり、念入りに、とことんやると、サボタージュ(非効率化)になりそうなことはありませんか?「きまり」はありませんか?そのほかにも、念入りな会議、ハンコ、紙の多用(一言ですむことまで、何でも文書が要求され、さらに「口」での説明を求められる)。パソコンがおかしくて、実際は紙(口)運用などという毎日の仕事もそんな感じがします(これは、パソコンがすべての場面で正しいとか、進んでいるとか思い込むことで組織の硬直化が進んでしまわないかと言うことが心配です)。
 
そういう眼でこの本を読んでいくことで、自分の組織・グループが直面している問題があらわになってきます。このマニュアルが呼びかけていることを排除し、出来ないようにすることが自分の組織の問題解決になるヒントだというのです。

いくつか例を挙げてみます。
「なんでもかんでも文書で要請」
「ちょっとした間違いを指摘して一からやり直させる」
「話せは直ぐ判断できるのに、全て文書稟議」
「規程に無いことは一切認めない」
「仕事が忙しいと言い訳して決裁を遅らせる」
「読んでも理解できない難解な文書を作成」
「理解できないふり」
「指示を間違えて実行する」
「忘れたふり」
「コピーのセット数を間違える」 
もっとたくさんあります。

現代にあてはめると

特に、前半は現代の組織・社会心理学からみた解説で、非常に身につまされるおもしろさです。
後半はマニュアルそのものの訳で、(妨害工作の)手段としては少し古臭くも感じるのですが、「これは現代なら何に当てはまるだろう」と考えると、70年後の「今」に蘇ってきます。あとは、レジスタンスに加わりたい?あなたの想像力次第。

この本を読んで、私が思いついたことが三つあります。

1)    以前に紹介した事故防止の「サボタージュアナリシス」と似ている、ということ。これは、旧ソ連KGBの事故分析法?で「この状況で事故を起こすためには何が必要か?どうすればよいか?」と考える発想。現実の起こったことから「なぜ起こったのか」という教訓を引き出すのはなかなか難しい、でも同じような状況で事故を起こすためには何があればよいか?人間がどういう行動をとれば事故になるか?これは人類の長い歴史の中に同じような経験があるだろう、と分析していく方法です(我々的には、「真実の原因」よりも「起こす可能性」をピックアップできればよいわけですからね)。
東西のスパイ組織(あるいはスターリンとルーズベルト)が同じようなことを考えていたのだなーと変に感心してしまいます。ちょっとおおげさですか?(笑)

2)    今時のレジリエンスとの関係はどうなのかなー?とも考えました。
          「ガチガチな組織⇒柔軟な組織」
           「柔軟な組織⇒ガチガチな組織」
     「決められた手順」⇔「実行された手順」(このギャップを認識すること⇔利用すること?)

3)    このサボタージュマニュアルを実行したくなる状況が来ないようにと願うばかりです。
 


 考えてみると昔の国鉄労働者の「順法闘争」はこれにならったのかもしれませんね。これを覚えているのは「ある年齢以上」(苦笑)なのですが、「赤信号だけど、止まらず、遅れず、うまくやれ!」という国鉄当局に対する「合法的」な抵抗でした。私の田舎みたいに列車の間隔が大きいとあまり影響はないのですが、東京や大阪などは本当に止まってしまいました。(28.3.院内LAN投稿)

 この話繋がりで思い出したのはシドニーデッカーの「ヒューマンエラーを理解する」でした。
「順法闘争は全ての規則に忠実に従うという手段を展開する争議携帯である。順法闘争で何が起こるのか?答えは簡単、システムは麻痺する。マニュアルに書いてある通りに規則を守るようにしたとたん、システムは全く機能しなくなる」

私は「順法闘争というのはストライキ権を奪われた国鉄の労働者が生み出した抵抗手段」と考えていましたが、HF的にはWAIとWADのギャップともとれるのだなーと思いました。また、この本ではJR西日本の事故のことも引用されています。デッカー先生は日本の鉄道にもくわしいのですね。(28.6.LAN追加)

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